複雑骨折で曲がらない足首

足関節(C)ネッター解剖学図譜より引用

ボディ&ソウルケアサロン
ビオハーツの院長の大熙です。

今回のご相談者は60代男性。
奥様に連れられての来院でした。

20歳頃に作業中の事故により、
右足首を重度の外傷を伴う複雑骨折

怪我の状態が酷すぎたために
完全に足首が固まってしまい
以来40年間以上も
足首を一切動かすことができず、
正座はもちろん、
まっすぐ歩くこともできないとのこと。


一般的な見解

最近は複雑骨折とは言わず、
開放骨折と言われるようですが、
複雑骨折と粉砕骨折を
混同している方が多いようです。

複雑骨折
骨が複雑に砕けた状態のことではなく、
折れた骨が皮膚を突き破って
外から見えている状態のことを言います。

粉砕骨折
骨が多数の断片に分かれた状態のことですが、
皮膚を突き破っていなければ閉鎖骨折です。

この男性の場合は
骨も粉砕していたようですが、
折れた骨が見えていたそうなので
粉砕骨折でもありながら
複雑骨折でもあったようです。


オステオパシー的な見解

その時の傷口もはっきりと残っており
激しい炎症によって
筋膜だけでなく関節包・靭帯・腱など
周辺の組織が軒並み損傷し、
右足首全体が瘢痕化しており
まるで石のように硬化した状態でした。

瘢痕については
「呼吸もできないほどの下腹部痛」
でも書いてますが、
激しく損傷し欠損した部分や
何度も損傷を繰り返した部分を
塞いでいる別の組織です。

瘢痕は本来の組織と別物であるため、
瘢痕が存在することで
組織全体としての統一性が保てず
全体としてバランスを崩しがちです。

そして瘢痕は、
自然治癒力を抑制する制限の中でも
もっとも重症なレベルで、
非常に改善しにくいのが特徴です。

なぜなら、瘢痕化した部位は
本来の状態に戻したくても
組織自体が置き換わっているため
完全に元通りにはならないのです。

しかし。
そうは言っても、
全く改善しない訳でもありません。
瘢痕化した組織の中にも
部分的に回復可能な組織が
含まれている可能性があるからです。


ビオルミクス的な見解

偶然に思える怪我でさえも
先に魂に起こった問題が
肉体に具現化した結果であったりします。

足に起こる問題は 自立することへの抵抗や、
人生において前進することへの
無意識の拒絶の表れであったりします。

当時のことを伺ってみたところ、
諸事情により故郷を離れ、
やりたくない仕事に就かねばならず、
その作業中に事故に巻き込まれたそうです。

その怪我のおかげで仕事はクビになり
故郷に帰ることができたのですが、
その後の人生はだいぶ苦労したので
もう少し軽い怪我なら良かったのにと
笑いながら仰っていました。


実際に行った処置

いつも通り一通り全身の検査を行い、
目立った制限を解放してから
右足首を再度細かく検査。

瘢痕化した組織に触れても
反応がほとんどありませんでした。

どうしたものか…と
一瞬途方に暮れましたが、
出来ることをやるしかないと、
時間をかけて地道に少しずつ
間質液の流れが回復するように
筋膜と間質液に働きかけることで
組織の反応を引き出していきました。

すると…
干からびて茶色で生気のない皮膚の色が
徐々に生気を取り戻し、
組織に間質液の潤いが感じられてきました。

そして、これまで
痛みも違和感もほぼ感じていなかったのに、
組織が変化していくにつれて
少しずつ痛みや違和感を感じてきたとのこと。

これは、
麻痺していた感覚が戻ってきたためで
回復に向かうために非常に重要な要素です。

一通り調整を終えた後、
その場で正座してみてもらうよう
お願いしました。

恐る恐る正座してみてもらうと…
固まって動かしても動かなかった足首を
ほぼまっすぐに伸ばして
正座で座ることができたのです!

ご本人も奥様も
目を丸くして驚かれていました。

その後歩いてみてもらうと、
多少右による傾向はあるけれども
以前とは比較にならないほど歩きやすい!と
奥さんの心配するもよそに
部屋の中を延々と歩き回っておられました。

奥様が仰った、
「もっと早く連れてくれば良かった」
という言葉が、半分嬉しく、
また半分悔しくもありました。

知っていれば選択できたかもしれないのに、
知らないから選択できなかった。
それは本当に残念なことだと思います。

手術や怪我による瘢痕は、
それ自体が強い制限となり
自然治癒力を大きく阻害すると同時に、
時間が経てば経つほど
その周りの組織にも負荷をかけ続けます。

しかし、適切に後処置を行えば、
その影響は大幅に下げることが可能です。
それも、処置は早ければ早いほど良いです。
(傷口が開ききっている場合は不可ですが)

そしてその処置は、
ストレッチやリハビリなどの
大きなわかりやすい動きだけではなく、
極微細なレベルでも行う必要があるのです。

植え付けられた常識だけで判断せず、
知った上で選べる人が増えていくことを
願ってやみません。